江戸時代に栄えた撫養街道

撫養街道(むやかいどう)は、江戸時代に藩主蜂須賀家政が整備した阿波の五街道のひとつ。撫養町岡崎から池田町までの約67キロを結ぶ街道でした。当時の産業を支えた撫養街道は、藍・塩・葉タバコ・木材などの産物を運ぶ人々が行き交い栄えました。四国巡礼に向かうお遍路さんは、岡崎港に上陸し、撫養街道を歩いて西へ向かうため必ず大麻町を通っていました。

この写真は旧撫養街道です。右手にあるのが酒蔵、左手は醤油蔵です。江戸時代後期に、まずは酒蔵として本家松浦酒造場が創業。その22年後には、街道の向かいで福寿醤油が創業しました。商業路として栄えた撫養街道ですから、生活にとって欠かせない醤油や味噌を作り始めた理由は自然と想像できます。

撫養街道

また、酒や醤油を入れるために使っていたのが、大谷焼の大甕です。現在の大谷焼きの窯元も、この写真の場所から歩いて行けるところにあります。人々や物資の流れが便利な地点に集まっていたことがわかります。江戸時代に盛んだった藍染めも、大谷焼の甕を使用していました。当時発展した産業は、それぞれ密接に結びついていたのですね。

四国八十八カ所の一番札所「霊山寺」、二番札所「極楽寺」と、大麻町にはふたつの札所があります。この他にも、大麻比古神社、阿波神社、土御門天皇火葬塚など、歴史の長い名所・旧跡が多く残されています。それぞれの時代を思い浮かべながら、大麻町を歩いてみるのもいいですね。


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